「確かに製造業って人数が揃えばおいしい業種かも知れない。でもね、一人当たりの単価は低いわ。下手をすればそこのユーザー先だけ赤字って事に成り兼ねないの。うちに今いる派遣社員はプロよ。それなりの資格を持って、中には語学に精通している者もいるわ。そこの綾蓮でさえ三ケ国語をマスターしているわ。果たして製造業のプロって有り得るのかしら?私には疑問だわ。プロじゃ無ければ単価を引き上げる事は出来ないでしょ?どう?そんな人いるの?」

確かに社長の言う事は的を得ていた。この人は単なる人材派遣を生業(なりわい)としている訳じゃないのが良く分かった。
プロを育成して派遣し、ユーザーに対して高い単価を要求する。ユーザーはこれほどの仕事をするなら、と要求を呑む。
プロであるなら現場でのトラブルも少なくなるだろうし、少人数での管理も実現可能になる訳だ。


「あ・・・」

僕は一人の女性の顔が頭に浮かんだ。

「どうしたの?」

「いや、何でもありません・・」

(プロか・・)

頭に浮かんだその人は製造業のプロだった。



「勇次くん、悪いけど千尋を園児バスに乗せてやってくれない?もうすぐ時間だから。千尋、勇次くんと表でバスを待ちなさい」

そう言われた千尋ちゃんは読み掛けの絵本を閉じ、僕の右手にすがってきた。

(か、かわいい・・)

「千尋ちゃん、行こうか」

僕の問い掛けにコクンと頷く。
僕は歩き入口に向かった。
樫本さんのデスクの横を通りたがらない千尋ちゃんと狭い方の通路を通りながら。



表で待っていると、すぐにバスはやって来た。
付き添いの保育士さんに「よろしく」と千尋ちゃんを預け、手を振ってバスを見送った。

いつまでも手を振り返す千尋ちゃんがかわいかった。



午前中、求人情報誌三誌を隅々まで読み、これはと思った企業の電話番号を手帳に書き写していた。
そんな様子を見ていたはずの社長は何も言わなかった。


「私、上にいるから電話があったら回して頂戴」
昼食時になり社長は上の自宅に戻って行く。
お約束なのか段ボールを蹴っ飛ばした音の後に「もー!」と言う声が聞こえた。

「僕、片付けましょうか?段ボール」

言った言葉に野良さんと綾蓮さんの返事は無かった。