『ごめん……』

「っ、謝るならっ……最初からあたしに、優しくなんて、しなければよかっ……た、じゃないですか……!!」

そうすれば、あたしが高遠先輩を好きになる事なんてなかった。

あの日駅で転んだあたしを無視していてくれたら、こんな想いを知る事もなかったのに……。

「離してっ……、離して下さい……!!」

あたしは高遠先輩の腕の中で暴れて、必死に逃れようとした。

だけど高遠先輩の腕はあたしが暴れれば暴れる程、あたしを力強く締め付けていって……

「〜〜っ……、なんでっ、離して……くれな、い、んですかっ……!!」

あたしの嗚咽混じりの声に、高遠先輩の腕の力は少しだけゆるんだ。

それからあたしの両肩に手を添えると、ゆっくりと体を離して……コツンとあたしの額に額をあてた。

『今は言えないけど、……でも今那智に離れて行かれると、俺は……』

途中で言葉を詰まらせたから、あたしは目線を高遠先輩に向けた。

目線の先の高遠先輩は、瞳を伏せて唇を噛み締めていた。

そして少しだけ、震えている。

「あたしは……」

『――那智……離さないで……』

そう言って顔を上げた高遠先輩の瞳から、涙が一粒落ちた。

あたしがそれに驚いて目を見開くと、そのまま……優しく唇を塞がれた。

「っ……んぅ……」

それは今までにないくらい優しくて、丁寧な口付け。

舌が入り込む荒々しいやつではなくて、唇に唇を幾度も軽くあてる、優しい口付け……。

「ん……っ……」

時折舌で唇を舐めたりはしてきたけど、不快感はなくて……あたしは目を閉じて高遠先輩に応えた。

『……那智、俺には君だけなんだ……。だから、離さないで……』

唇が離れると、高遠先輩はまたあたしをギュッと抱き締めてそう言った。

……そんな言葉、信じ難い。

だけど今は、高遠先輩の事を離したくなくて……

「はい……」

あたしは小さくそう言って、高遠先輩の背中へ手を回した。


――偽りの想い、落ちた雫


例え高遠先輩の心に偽りがあっても、あの一粒の涙だけは……信じたい。