――それからしばらくして、あたしは重大な事に気付く。

あたし、携帯持ってるじゃん……!

携帯があるから、千歳に連絡を取れるはずなのに……今までそれに全く気付かなかったなんて。

あたしは携帯を取り出そうと、スカートのポケットに手を入れた。

そして携帯を握り締めた、その時――……

『君さ、……いや、君じゃ失礼だね。名前、教えてくれる?』

一瞬、自分の耳を疑った。

あたしはポケットに手を入れたまま、ゆっくりと高遠先輩に視線を向ける。

『……名前、教えて?』

「えっ、あたしの、ですか……!?」

『そうだよ? この状況で他に誰の名前を聞くと言うの』

そう言うと高遠先輩は、大きな瞳を優しげに細めて笑った。

その表情に、あたしの鼓動は速まる。

ただ笑いかけられただけなのに、どうしてこんなにドキドキするのかな……。

『……どうしたの?』

「え……っあ、あたしは、畑中[ハタナカ]、畑中那智で、っす……!!」

緊張のせいなのか、あたしの言葉は不自然に途切れて裏返える。

そんなあたしの様子に高遠先輩は笑って、口元を手で隠していた。

『君、……いや、那智って面白いね』

「っえ、っ……」

“那智”

お父さん以外の男の人に、初めて名前を呼び捨てられたあたしは、鼓動をさらに速める。

同時に顔が熱くなったから、それを隠すように下を向いて自分の手をじっと見つめた。

どうしよう……これってもしかしてあたし、高遠先輩の事を意識しちゃっているのかな……。

でも別に好きとかそういうのじゃないし、でもドキドキしちゃうのは何なんだろう……。

もうわからない、顔が……耳まで熱いし、これじゃあ顔を上げられないよ……!