――それは、とても小さな呟きだった。
独り言だったのかも知れない、でも……たしかに聞こえた。
“君を好きになった”という言葉……。
「先輩……今、っ……」
『違うっ……、今のは違うんだ、忘れてくれ……!』
振り返ると剣幕な表情でそう言う高遠先輩に、あたしは首を横に振る。
「なんでっ……だって今、あたしをす――っ……!」
大きな手のひらが、言葉を発するあたしの口をふさいだ。
『言ってない、言ってないから……!』
何度もそう言う高遠先輩に、あたしは瞳から涙を溢す事しか出来なくて……。
『っ……ごめん那智、でもわかって……』
あたしの口から手を離すと、視線を落とした高遠先輩は、切実にそう言った。
「ど……して、ですか……っ」
『どうしてか、なんて言わなくてもわかるだろう?』
「わかんない……、わかる訳ないです……っ!!」
あたしを好きと言ったその言葉を、どうして忘れなくちゃいけないの?
好きなら、あたしを好きでいてくれるなら、離れる必要なんてないのに。
なのにどうして……!?
『だってほら、俺は君を苦しめてばかりだから……』
「そんなのっ……今さらじゃないですか……!!」
『わかって、……俺は君には幸せになってもらいたいんだ。でも俺は君を傷付けるばかりだから、幸せになんてしてあげられないから……』
あたしの頬を優しく撫でて、涙の跡を拭いながら哀しく笑う高遠先輩を、ただ黙って見上げる。
何か言わなきゃ、高遠先輩は離れていってしまうと思うのに、泣き疲れたあたしはボーッとしたまま……。
『那智、君は俺を忘れてくれるだけでいい。でもこれだけは忘れないで……、俺が君を手離すのはね、……君が、好きだからだよ』
――最後に見た高遠先輩は、潤んだ瞳でとびきりの笑顔をあたしに向けていた。
その突き離しが、あまりに優しくて……。
――癒やす傷跡、決意の証
無意識に頷いてしまったあたしは、後になって酷く自分を悔いてしまう事に、まだ、気付いていなかった……。