『……俺は、君の気持ちを信じていない訳じゃない』
独り言のような小さな呟きは、それでもあたしの耳によく届いた。
信じてない訳じゃないなら、どうして……
『怖いんだよ、信じる事が。また裏切られるんじゃないかって思うと、どうしても……』
潤む瞳で見上げた高遠先輩は、前髪で表情を隠して何かを堪えるように唇を軽く噛んだ。
その唇が微かに震えて見えるのは、あたしの瞳が潤んで歪むせい?
「っ……あたしは、先、ぱいを、裏切ったりしません……っ」
裏切るなんて、そんな事出来る訳がない。
突き離される事がどれほど辛いかわかっているのに、そんな思いを他人にさせるなんて、そんなの……
『君は優しすぎる、……裏切らない人間なんていない、嘘をつかない人間がいると思う?』
「それとこれはっ……」
『同じだよ。……嘘をつけば、それは裏切りになる』
薄く笑いながら視線をあたしから反らす高遠先輩は、そう言うとピタリと笑う事をやめた。
『だから俺は、嘘をついて君を裏切ったんだ。自分を偽って、君を傷付けるためにね』
言葉と似つかわしくない微笑みは、どこか無理しているように見えた。
自分が嘘つきだと言うのなら、本当は今の貴方こそ、偽りなんじゃないですか……?
「……先輩は嘘つきです」
『そうだよ? 俺は嘘つきの裏切り者だ。だから那智、君も俺を裏切ればいい……』
次第に俯き加減になっていく高遠先輩の言葉に、少しだけ胸を痛めながら、それでもあたしは……
「っ……嫌、です……。あたしは、先輩を裏切ったりしません……! ……どうしたって、裏切れない……っ」