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その日も、ずっと“普通”だった。
憎まれ口の挨拶を交わし、
他愛も無い話をし、
小さなことにお腹が痛くなるほど笑って、
つまらないことに微笑み合って、
少し拗ねられたり、
少し怒ってみたり、
けれどオレたちはずっと一緒に喋っていて。
夢中になって、
気付けば時間は夜だった。
湖に月が浮かぶ。今日は綺麗な満月だった。
その月を横切るように流れるイチョウやモミジの葉。
神秘的な空気を破ることも出来ず、オレは黙っていた。
こんな時間までここにいたのは初めてのことだった。
世界を照らす明かりなのに、
オレには彼女を照らすために月があるように思えた。
それぐらい月の光を浴びる彼女は気高くて、美しくて、
そして、恐ろしくなるくらい、儚かった。
「・・・帰らないの?」
唐突に、彼女がオレに問いかけた。
なんとなく、帰りたくないと思った。
それはやましい下心があるからとかじゃなくて、
今居なくなったら彼女に二度と会えないような嫌な予感がしたからだった。
そう正直に答えると、
彼女は「バカね」とケラケラ軽くオレの不安を笑い飛ばした。
いつも聞く言葉。
いつも見る笑顔。
それでも、なぜだろう。なんだかいつもと違う気がして仕方が無い。
「お前は帰らないのかよ」
そういえば、彼女の家の話を聞いたことがない。
オレの問いかけに、彼女は戸惑ったようだった。
強張った表情の中で、目が何かを迷うように泳いでいた。
「───あのね」
そして、ほんの少しの沈黙の後、彼女は口を開いた。