「この前は部屋に来なかったもんなぁ。」
遥の部屋を見渡しながら吉岡は言った。
「そーだったね!…だいたい、この部屋に入ってきた男は、家族以外にテツぐらいだから。」
「コテッちゃんかぁ。」
「なに?」
「なんでもない。」
「?変なのぉ。」
「…彼は、上條シスターズの恋愛事情に悪い影響与えないわけ?幼なじみを理由に、何でも許されてるってゆーか…なんでこの部屋に入ってくるんだよ?」
「なんでって…もう、ずっと前のことだもん、忘れたよ。」
「アイツのあの“何でも知ってる”みたいな態度…俺、あんまり好きじゃないんだよな〜。」
「あはは。テツは明の幼なじみだよ〜。」
「そーだけどさぁ。あ!俺、嫉妬してんのかも。」
そう言って遥に歩み寄ると、後ろから肩を抱き、
(これ、上手くいったんじゃね?)
と思う吉岡だったが、
「そうだ!」
なんなく、その腕を解き、
「アルバム見る?」
と、無邪気に尋ねては、
アルバムを取りに向かう遥。
ため息まじりに首をかしげ、
ベッドにボムッと座り込む吉岡は、
「はいはい。ま、お約束だよな。」と、
焦らしてるのか?
解ってないのか?
はたまた、
そーなることを避けているのか?
それすら分からない、遥の初恋物語に、
そろそろ、痺れをきらしはじめていた。
頼んでもいないに、
アルバムを持って隣に座る遥は、哲司の写ってる写真のページをパラパラと捲って見せ始めた。
「これでしょ。で、これ。」
あまり興味のない吉岡は、
適当に、それを見ているフリをしていた。
が、
明と哲司と言うより、
そのそばに写る、もう一人の男に気がつく。
「これ誰?」
「あー、お兄ちゃん。えっとね…これがおっきく写ってるかな。」
吉岡はまだ、兄の将人に会っていなかったので知らなかった。
少し顔を近づけ、しばらく見つめたのち、ひと言。
「お兄ちゃん?」
「まだ紹介してないよね。最近、夜には来るんだけど。」
「え?従兄のお兄ちゃん?」
「?お兄ちゃんだってば!一人暮らししてるから、ここには住んでないんだけど、夕飯時には」
「おまえん家って、もしかして複雑なの?」
「…?なに?」
「ちょっと待って…妹と仲が良いよね?」
「あー!もしかしてコレだった?!」
「うん。…この顔だった。」
「な〜んだ!明はね、ブラコンだから!」
「うっ…オエ。なんかキモい。」
「あたしは違うからね〜!!」
「血がつながってないとかじゃ…ないんだよな?」
「なにそれ、ウケる〜!」
その頃、
将人の部屋で、携帯電話の着信音が鳴り響いていた。
「はい。…おぉテツ!…え、今日?んー分かんね。なんで?……そーなんだ?ふー…あいよ。見てやるよ。…うん。じゃ、あとで。」
電話を切って床に置く将人は言った。
「おい、テツが来るってよ。」
「ここに?」
「なワケねーじゃん!」
「何しに来るって?」
「原チャリのカタログ持ってくるから、選ぶの手伝ってくれって。」
「頼られてんねー。」
「ふっ。」
「カワイんでしょ?弟が欲しかったんじゃないの?」
「……テツぐらいが丁度いい。」
「なんだソレ。」
「なぁ。テツが来るんなら言い訳に使えねーじゃん、市川くん。」
ベッドに仰向けのまま会話していた将人は、
「起きろって。早く服着ないとさぁ。」
と、上半身だけを軽く起こし、
背を向けたまま、無反応で隣に寝る、
明の顔を覗き込むのだった。
〜〜〜〜〜二人の秘密〜〜〜〜〜
昨夜、あれから二人に何があったのか………
慌ててマンションに戻った将人は、一目散にパソコンを開き、明からのメールに目を通した。
『まーくんの言った通りだった。
焦ってもろくなことにならないってホントだね。
私は、市川くんのことを利用してるだけだって分かったよ。
でもね、気持ちを隠してでも、うまくやっていくつもりだったんだよ。
そのうち、本気で好きになれるって思ってたから。
だけど、その相手は市川くんじゃなかったのかも。
すごく良い人なんだよ!
慎重で、気にし過ぎるところがイラってするけど、
優しくて、自分の意見を押しつけたりしないから、
そんな市川くんと一緒にいると、自分が凄く悪い女に思えてきちゃうんだよねー。
どうせ
「だからテツにしておけって言ったのに!」って
そう思ってるでしょ!?
それだけは勘弁してよね!
将来、私は
上條家と関係のない、
遠く離れたところで生きていくつもりなんだから!
そうそう、
北海道に“幸福駅”って駅があるんだって。
今は使われてない駅なんだけど、その近くに住んでる人達は、幸せそーで、いーよね!
私が幸せなら、まーくんも幸せになれる?』
そんな内容を目にして、たまらず明のケータイに電話をかけていた将人……
「…はい。」
「何言ってんだ?!ずっとそばにいるって言ってんじゃん。」
「…」
「おい。聞ーてるか?」
すると、電話はつながったまま、将人のパソコンに新着メールが届いた。
『実は私、市川くんと…………』
その文面が飛び込んできた目を、グッと閉じ、
一度、深く空気を吸い込んでから、
「…ごめんな。」
謝ったのは将人だった。
「俺のため?…だよな?…でも、時と場合によるって言ったろ…俺にも落ち度があったし…」
「…」
が、明からは何も応答が無い。
「…また黙りかよ。それじゃ話になんないだろ。」
すると、
『あの女の人は?』
明からのメールが届き、
「だから、彼女は関係ないって!ただの友達!…向こうは気に掛けてくれてるみたいだけど、俺はナイから!」
将人は電話で返した。…そして、
『マンションまで知ってるのに?一人暮らしを満喫してるとしか思えない!』
「勝手に来たんだって言ったろ!俺だってビックリしたんだ。」
と、メールと会話を繰り返し、
『覚悟しておかないと!また、いつかのために。』
「おまえが言うから部屋借りたんだぞ!俺は、いつそっちに戻ったっていーんだ!!」
……電話が切れ―――――――!
『そしたら、二人っきりで会えなくなっちゃうじゃん。』
すぐに届いたメールを見た瞬間、
安心から顔を綻ばせる将人は
『コソコソしなくても良くなる日が、絶対くるから(^^)v!』
自分の願いも込めたメールを送信するのだった。
そして、
――――『会いたい』
その一文が、
血の繋がりの無い兄妹の仲を修復させた。
そしてこれは数週間前のこと…
マンションで、将人の帰りを待つ明の前に、ひとりの女性が現われた。
彼女は、明の顔を見るなり、
大げさにも“この世の終わり”とそんな表情を浮かべ、逃げるように帰っていった。
その日から、
明がマンションへ行くことがなくなり、
その間の将人の夕飯代が、
実家までの交通費に代わった……
これが今回の揉め事の真相だった。
以前に、遥から聞いて知った、
吉岡に見られていたことを学習し、
普通の兄妹を装ったつもりだった今日、まさか後をつけられているとは気付かぬまま、
将人の部屋に辿り着いた二人。
ドアを開けた途端に、
馴れない一人暮らしの不便さに、顔を合わせ苦笑すると、
とりあえず、部屋を片付けはじめた。
明は言う…
「こーゆーのがいい!好きな人の世話ができるのがいい!」
そんな明を、将人は優しく抱きしめる。
「…久しぶり。」
「うん。」
「…もう、ナイと思ってた。だから、市川くんの良いトコ探しして、いろんな部分を発見していくうちに、嫌なことは目をつぶって…馴れていかなくちゃならないんだって…」
「馬鹿だな。」
「でもね、わかったことが一つあるの!」
「なに?」
「市川くんとの時に……まーくんもあたし以外の人と同じことを…とかって考えちゃって、そんなの嫌だって思っ」
それ以上を言わせないように、
明の口をキスでふさぐ将人……
少しして、そっと唇を離し、
「そんなこと考えるなよ。」と、
優しく言うわりに、
その腕は、キツくギュッと抱きしめるのだった。
そして、
「俺だってヤダよ。ホントは、おまえとテツが仲イイのだってヤキモチ妬いてるときがあんだからな。」
恥を忍んでの告白をしてみせると
「…ぷっ」
ムードを壊す明は、
「笑うな!ここは感激するところだぞ!」
「だって、テツだよ?」
「つーか!……市川って奴のことハッキリさせないとなぁ。」
「…うん。」
「大丈夫か?」
「テツに間に入ってもらうよ。…(ちょっとだけ脅してみるか!)断れないはずだから、アイツ。」
「なんで?」
顔を覗き込む将人に、
「ちょっとね。」
と、軽く返して、再び掃除を始めた。
(こんなところで、あの時のキスが役立つことになるとは…あたしってヤな女?…弱みに付け込むようなことして、自分に跳ね返らないように気を付けないと!)
そんな会話の数時間後、将人の携帯電話へ、テツが家に来るとの連絡が入ったのだった。
「ただいま。」
独りで帰ってきた明に、遥が言う。
「あれ、お兄ちゃんは?」
明は立ち止まり、
「ん?」
「一緒だったんでしょ?翔ちゃんが見かけたって言ってたよ。」
「!」
慌てて言葉を探した。
「どこで?」
嘘をつくにも、つじつまが合わなければ墓穴を掘ってしまうからだ。
「なにそれ!信じられない…ふつう、後つける?」
「私の妹だから心配だったんだって!優しいでしょ?!」
「はいはい。」
「お兄ちゃんって知ってビックリしてたよ。」
「相談にのった代わりに、部屋の掃除させられてたの!…彼女と別れたみたいだね。」
「…相談って?」
「え?ん、まぁ…ちょっと。」
「彼氏のこと?」
「…」
「自分の恋愛もうまくいかない奴に、恋の相談したって参考にならないでしょ!」
「あ、あれ?はーちゃんこそ今日は早いね。吉岡くんと会ってたんじゃないの?」
「うん。うちに来てたから!ホラ、今日はお父さん居る日だから、早めに帰ってったよ。」
「あ〜。」
話もそれたところで、明は部屋に行き、将人にメールを送った。
『また遥の男に見られてた……』