そして、将人と哲司は帰っていった。


その、ほんの少しの間の帰り道のこと…


「さっきの話さぁ…」

「なんだっけ?」

「おまえ、明じゃなかったの?」

「…ガキん頃の話だよソレ。」

「そーなんだ。」

「それに俺、フラレてるし。」

「ん?」

「忘れもしない、中1の夏。」

「お!あやしいな。」

「なにかと一緒にいたから周りにヒヤかされてさぁ!そしたらアイツなんて言ったと思う?」

「なに?」

「“ごめん、てっちゃん。他に良い子みつけてね!”ってさ!」

「あはは。で、みつかった?」

「まあ、何人かとつきあったよ。」

「でも、うまくいかなかったと。」

「明のせいでじゃないよ〜ん。」

「ホントのところはどうなのよん?」

「どうって…わかんね!だいたい俺、告ってねーし!ただ、そん時から気になることがあんだよ。…好きな奴って誰なんだろう?みたいな。」

「…」

「やだなぁ。マサ君、父親みたいだよ。大丈夫!ピカイチなの紹介するから!」

「そーゆーんじゃなくて。おまえらのこと、ちっちゃい頃から見てたから、違う奴と居るとこって想像できねーなーと思ってさ!」

「確かに。でもソレも見てみたい。」

「いいんだ?」

「つか俺、男と思われてねーし。」

そんなある日のこと。


〜シャカシャカシャカシャカ〜♪

ソファーの辺りから、ケータイの着うたらしき音源が聴こえてきた。


「ん!はーちゃん忘れてる!」

「戻ってくるわよ。」

馴れたもので、優雅にお茶をすする母親。


長く続くそのメロディーに、メールではないと判断した明は、

「本人からだったり!“持ってきて〜”とか?」

音の方へと近寄った。


クッションの間にケータイを見つけ、中を覗き見ると…

“翔太”


「ヤバっ!違った。」

「置いときなさい。」

慌てて元に戻した時に音は鳴り止んだ。


「…例の彼氏かなぁ?」

「かもね。今はケータイばかりで、家の電話にかけてこないから、相手が見えなくてね。」

「声で分かるぅ?」

「話し方で分かるの。」

「だから心配なんだ。」

「ま、わが娘の視る目を信じるしかないわね。」

「同じ遺伝子持ってるかな〜?」


ばたん!ドタドタドタ!


「ホラ帰ってきた。」

「忘れた〜!!」


明は白々しく伝える。

「さっき鳴ってたよ。」

すると遥は、ケータイをいじりながら

「行ってきます!」

無反応で出て行った。

「へ〜(ホントにいたんだ)。」


明は遥が出ていったドアを見つめていた。


親と違って、妹の立場から言えば、少し安心していた。

そして、

「じゃあ、あたしもそろそろ…」

「彼氏つくる気になった?」

「違うから!」

「なーんだ。ま、その前に将人か!あの子もどーなってんのかしらね?せっかく一人暮らしなんだから、お料理してくれる女の子で見つければ良いのに。」

「今、世間はイケメンブームだから。」

「中身は良いと思うんだけど。」

「こればっかりはね…。行ってきます。」


親は子供を買い被り、
妹は冷静に評価した。


そこそこのルックスをしていても、
ふだんの様子を知っている妹に、それは気付かれにくいものだ。


遥がどうかは知らないが、
でも、
なかなか頼りになる、たのもしい男であることを、明は認めていた。


そしてそれを、目の当たりにする出来事が起こることになるのだが、
それは、
ずっと先のことになる……。






〜〜〜〜ある男の存在。〜〜〜〜



学校帰り、
友達と原宿まで足をのばして、
ウロウロしていた時のこと。


「明?!」


名前を呼ばれ振り返ると
それは、遥だった。


「あ。」

そして隣には
きっと彼氏であろう男の姿も…。


「え、妹?…へ〜。」


黒髪の短髪で、
一見、爽やか風のその男は、
ニコリと微笑み、

「ども。」

「あ、ども。」

軽く挨拶を交わすと、

「S女かぁ。」

と、制服を見て言った。


そんな明に友達が詰め寄り聞く。

「誰?」

「あぁ、お姉ーちゃん…と、彼氏?」


すると遥は、万更でも無さそうに

「うふっ。ねぇ、お母さんにはコレね。」

と、唇の前に人差し指を立てて見せた。


「知ってるみたいだよ。」

「うそ?」

「マジ。」


そして、前に母親が言っていたコトを思い出し、

“この人なら心配ないのでは?”

と、判断した明は、

「今度、うちにも遊びに来てくださいねぇ!」


首を傾け、愛想良く言った。

その夜―――――

明の部屋のドアがノックされた。


「なぁに?」


ドアが開き入ってきたのは遥。


「ね。お母さんには」

「わかってるって!」

「…」

「?」

「どう?」

「…それが聞きたかったんだ?」

「けっこうイケてるでしょ?!」

「んー。まあまあかな。あたしのタイプじゃないから。」

「あんたのタイプは聞いてないの!」

「ぶー…。でも、お母さんも嫌いじゃないんじゃない?」

「そーかな!?」

「責任はもてないけど。」

「気に入ってもらえれば、もう少し門限だってさぁ…って思わない?」

「受験生が何言っちゃってんの?」

「言っとくけど、私は内進できる自信あるから!そのために附属に行ってるの!頑張ったの!あんたみたいに、考え無しじゃないんですぅ。」

「別にあたし、大学イカナイし!ちゃんと考えることだってありますぅ!」

「アマイ!今まで、何かとウマくいってたかもしれないけど、この先は違うって!」

「なにそれ。姉みたいなこと言ってる。」

「ふん!そーやってバカにしてれば!イタイ目にあったって、私のことじゃないしい〜!じゃ〜ね〜。」


決して仲が悪い訳ではないのだが、
仲良し姉妹でもなかった


将人が帰ってくる回数が、
徐々に減ってきたある日、


「とうとう、彼女でもできたんじゃないの?」

そんな話題も飛び出した食卓は、

母と明の二人きりだった。


「はーちゃん遅いね。」

「明日、彼氏連れてくるって。」

「何時頃?」

「学校帰りって言ってたよ。」

「お父さんは?」

「居ないからに決まってんじゃない。」

「だよね。」

「明は?明日居るでしょ?」

「邪魔なら、時間潰して帰ろうか?」

「困るわょ〜!気まずいから一緒に居てよ。」

「えぇ…」

「なんなら、てっちゃんも一緒に!ね!」

「…臨時収入は」

「出す出す!」

「なら、しょうがない。」

「なんだか、急に皆して色気づいちゃって!明はどうなのよ?」

「ほっといて。」

「こわっ。」

「でもテツ明日いんのかなぁ?」

「ほら、電話電話!!」



こうして、
明日の準備が調えられた。

「なんで俺が…」

「るっさいな〜。あとでおごるっつってんじゃん!」

「んなことより…合コン!(は)なしつけろっつーんだよ!」

「…いいよ。」

「マジ?」

「うん。」

「おっしゃ〜!…つか、どしたの急に?」

「いつもお世話になってるから。」

「…なんかある。…だろ?」

「なにが?ナイよ別に。」

「ま、いーや。ヒュー!合コン合コンS女と合コン!」


そのとき、
玄関のドアが開く音がして、
遥が彼氏を連れて帰ってきた。


「きた。」

「さっき言ったこと覚えてる?お母さんが呼ぶから、ま、いつもみたく、普通に…ね。」

「つか、俺が来ても菓子なんか出たことねーもん。いつもみたく普通って、どんなだよ?!」

「合コン。」

「はい。」

しばらくしてから、母が
明の部屋に居る二人を呼んだ。


「どーもでーす。」


なんだかんだ言っても、
先にリビングに踏み出した哲司が、調子良く声をかける。


「ぷっ。」

明が吹き出した、その瞬間…
遥の彼氏も、母も
緊張が解けた顔で笑っているのがわかった。


「妹さんの彼氏?」

「そんな様なモン。」

「違いますぅ!」

「通り掛かりの近所の者でーす。お邪魔しまーす。」

「このふたり、一緒に寝ちゃうんだから。」

「寝ないよ!いつの話ソレ。」

そこへ、

「一緒に育ってるから兄弟みたいな感じでね、いつも遊び来てるのよね〜てっちゃん!はい、どれにする?」

母親がケーキを持って入ってきた。

「あ、俺コレ!」

「う。あたしもソレ。」

「俺、客だよ。」

「あれ、いーのかなぁ?合コ」

「どーぞどーぞ。」

「えっへっへっへっ」


そんな二人を見た遥は、

「…なんの話?」

「なんでもないよ。」

「ふ〜ん。じゃあテツ、私のと取り替えたげる。」

と、機嫌良く言った。


「いーの?さすが遥!…ちゃん。誰かさんとは大違い。」

「そんなの、彼氏の前だからに決まってるでしょ」