でも警察沙汰になんてしたくない。私は何かいい方法がないか考えながら、いざとなったら私が出て行けば彼女の気はすむだろう、いや一瞬彼女の気を引くことで危険から逃れれるだろう、と必死で覗き穴から様子を伺っていた。一方で吉田さんは、彼女の気を荒立たせるような発言をしていた。

「オレを殺して気が済むなら殺せばええで。」

「私本気よ!」

彼女が彼のことを叩いたり蹴飛ばしたりしているのを、私はどうしたらいいかわからず黙って覗き穴から見ていた。彼は抵抗せずに彼女の気がすむように黙って暴力を受け止めていた。

「好きにしてや。そのかわりもう付き合いきれんで。別れるのは決定や。」

「だったら死んでやる!」

急に彼女は立ち上がると覗き穴の私の視界から消えた。

「おい!待て!危ないって!」

吉田さんも彼女を追って視界からいなくなった。もしかして!私はすぐにドアを開け、廊下に出た。すると廊下の端のオープンになった場所から彼女は飛び降りようとしていた。彼は彼女の胴体を必死でつかみ内側へ引き寄せようとしていたが、彼女がそれに抵抗し激しく動いていて、2人ともに危ない状態だった。私が急いで駆け寄り2人を内側へ引っ張ったが、それに気づいた吉田さんは、

「俺らの問題やから部屋に戻っとって!」

そう声を荒立てて私に言った。そのとき廊下にはマンションの住人が何人か集まっていてこの騒動を迷惑そうに見ていた。その中の誰かが警察を呼んだのだろう。おまわりさんがやってきて彼女の飛び降りは未遂に終わり騒動が落ち着いた。彼女はその場に泣き崩れた。

「別れ話による自殺行為かい?君はまだ若いだろう。ふられたくらいで命を落とすなんてバカなこと考えるのはよしなさい。」

彼女は泣いたまま何も言わなかった。吉田さんはおまわりさんに謝っていた。

「隣人から迷惑通報がありましてね、一旦マンションを出て外で話を聞きましょうか。」

「わかりました。一旦部屋に戻ってからすぐ下に降りますので。」

吉田さんは私を部屋へ連れ戻し、彼女はおまわりさんに連れられ階段を降りて行った。部屋に戻ってから私は彼が首から血を流していることに気づいた。

「吉田さん!血が!」