一方、不意を突かれた男はしばらくその場から動かなかった。
いや、動けなかったと言った方が正しいだろう。
「…どうしたというのだ、俺は…」
金の髪を掻き上げながら戸惑いの声を洩らす。
先程から、怪盗の仮面の下の白い顔が脳裏に焼き付いて離れない。
未だかつて誰も知らなかった怪盗の正体は――1人の美しい女性であった。
月光に照らされた白い肌は驚くほどにきめ細かく、長い睫毛の影が伸びるその頬は己の何かを駆り立てる妖しさをはらんでいた。
しかしそれが、男の心をそれほどまでに奪ったのではなかった。
息を呑みながらも、しかし隙を見せなかった男を――ゆっくりと現れた紺青の瞳が一瞬で捕らえたのだ。
自分と同じ色の瞳であるはずなのにそれは全くの異色を放っていて、気を抜けば吸い込まれてしまいそうなほどに深く、鮮やかで、そして綺麗だった。
思い出すだけで、男の胸が痛いほどに高鳴る。
彼は酷く切なげに目を細め、開いたままの窓から――まるで彼女の姿を求めるかのように麗しい満月を見上げた。