「―っ、許婚がおるのに、このような事してはならぬ!」

そう張り上げた声は、震えていた。彼女は、ただ泣いていた。

このぬくもりはもう自分のものではない。見知らぬ女子のものになる。

そして、いつかふたりの間には赤子が産まれる。

近い将来訪れるその現実を想像する度千与は吐き気を覚えた。

「…千与、」

「許婚がいるのだろう?ならば、そのお方をお守りせねばなりませぬぞ、由親様。」

一度たりとも"様"を付けたことがないのに、その時初めてそう呼んだ。
意図は、誰にでもわかった。

距離を置くため。
目の前にいるのは、もう幼なじみの由親ではない。
もうじき嫁を取る、ひとりの武士。