「千与、一体どうしたんだい?」

「―なにもございませぬ、母上。」

家に戻ると母が心配そうな顔つきで娘を見た。左の瞳から一筋の涙が無情にも流れていたから。

「千与、」

「…母上、千与は大丈夫です。」

無理矢理口角を上げて、千与は言った。本当は全然大丈夫じゃないのに、彼女は心配をかけまいと微笑んだのだった。

「…千与だけではない。」


「え?」

「戦を憎んでおられる方はあまたいらっしゃいます。母もその一人。されど武士の妻。笑って父上を送り出すことしかできぬ。
いつしか、信長様が平和な世にしてくださるまで、わらわ達は待つ。それだけしかできぬのです、千与。」


千与は小さく頷き瞳を伏せた。母も、自分と同じ気持ちなのだとわかり、自分だけじゃないのだと安心した。