「あ、えっと、今日仕事で嫌なことあって。ごめん。ただの八つ当たり…。」

あたしは咄嗟の機転を効かせて嘘をついた。


「客に嫌なことされたの?」


そう言うとユキはおもむろにあたしの髪を摘み自分の唇に引き寄せた。


ユキの唇に触れたあたしの髪の毛は、一本一本まるで神経が通ってしまったよう。


「う、うん。まぁそんなとこ。」


「この香水の男?」


「こうすっ、えっ?」


ユキの突然の切り返しに何を言っているのかあたしは理解出来なかった。


「言っとくけど怒ってるのは俺の方なんだからな。こんなに体中に香水の匂いつけて。客と何してきたんだよ。」


怒ってる?だからさっきもあたしの顔も見ないで素通りしたのかしら?


そう思ったらいくらか気持ちが軽くなった。


「なんもしてないよ。」

そう言っては見たものの半分は嘘だった。


あたしは橘さんに帰り際、あたしのマンションの前で抱きすくめられた事を思い出した。


抱きしめられながらお願いだからちゃんとまっすぐ部屋に帰るんだよ、と何度も何度も懇願された。


そうして訳もわからず突っ立っているあたしを残して、橘さんは去っていったのだ。


それを思い出したあたしの心の動揺を読み取ったかのように、ユキはさらに顔を近づけてきた。


「ミリ、本当のこと言えよ。体中から知らない男の匂いがするよ。」


そう言うとユキはあたしの首筋に鼻を寄せた。