中原先生は、日を重ねるごとに学校になじんでいった。

赴任してきてから二週間、学年問わずたくさんの生徒と親しくなっていき、今じゃ学校

一人気のある先生なんじゃないかと思う。

麻紀はというと、どうしてか先生の側に行く気にはなれなかった。

自殺しようとしていた自分のことなんて、麻紀は忘れてしまいたかった。

ましてや、他人にそんな姿を覚えられているなんて苦痛でしかない。

だから、できるだけ側に行かずに顔を見せないようにしようとした。

しかし、心の中では先生が気になって仕方がなかった。

初めて見た日も、かっこいい人だと思った。

喋り方や声、仕草、全てにドキドキさせられる。

先生を見ている時だけは、元彼のことは忘れられた。

ただ、元彼を見かけた時や目が合ってしまった時は、激しい胸の痛みに襲われる。

そういう時、彼の前では平然を装う麻紀だが、彼の姿が見えなくなったとたん、学校の

隅に隠れてしまう。

そして、今もそう。

麻紀は、あまり人の通らない階段に腰掛け、震える手を必死に落ち着かせていた。

その時、麻紀の座っている階段の下から声をかけられた。

中原先生だ。

「―桜井さん。どうかしました?」

麻紀は、とっさに逃げようとした。

どうして先生には、こういう弱いところばかり見られてしまうのだろう。

慌てて階段を立とうとした麻紀は、バランスを崩して足を踏み外してしまった。

「危ない!」

階段から落ちた麻紀を、先生が抱きとめた。

先生から微かに香るシャンプーの匂いが、麻紀の鼻を掠める。

大きくて優しい体温の先生の身体。

ドキドキがハンパなかった。

「す、すいません・・・・・・。」

先生に軽く持ち上げられ、地に足をつけた麻紀は赤い顔を隠すように下をうつむいた。

先生は麻紀をじっと見つめてから、彼女の髪をくしゃっと撫でて、優しく微笑った。