ゆらり。無意識に身体が動く。

一歩。また、一歩。足が勝手に前へ進む。

「―危ないっ!!」

大きな、声がした。

と、同時に麻紀は腕をつかまれて後ろに重心がかかり、そのまま倒れ込んだ。

一部始終を目撃していた周囲の人々は、怪訝な表情で麻紀をちらりと見て、また流れに

もまれそれぞれの道路(みち)を歩き出した。

何が起こったのか、まだ把握できていない麻紀はきょとんとしている。

背中に大きな鼓動を感じる。

頭上で荒い息づかいが聞こえる。

麻紀は、ゆっくりと振り返った。

「大丈夫?」

そこには、二十歳過ぎくらいの男の人がいた。

麻紀はちゃっかり、彼に抱きかかえられていた。

自分の今の状況をやっと理解できた麻紀は、慌てて立ち上がり彼から離れる。

彼も続いて立ち上がった。

耳が隠れるくらいの長さの黒髪。

整っている顔。

前髪からのぞく優しい瞳。

モデルさんみたい。

ひょろっとしているように見えて、がっちりとした肩幅。

スラっと背が高くて、何でも良く見渡せそうだ。

しばらく無言で彼を見つめる麻紀に、男は少し戸惑い気味に恵美を浮かべ言う。

「君、何が起こったか分かってます?」

そう言われて、ハッとした。

何でこの人に抱きかかえられていたんだろう?

「もう少しで車に激突するところだったんだよ。赤信号だっていうのに、道路を渡ろう

としたんです。」

・・・・・・だから「危ない」って・・・・・・。

この人が助けてくれたんだ。

「あ・・・・・・ありがとうございました。その、助けてくれて・・・・・・。」

戸惑い気味にお礼を言う麻紀の頭をくしゃっと撫でて、その人は微笑(わら)った。

「次から気をつけてくださいね。」

まるで幼い子どもに言うみたいに言うから、麻紀は恥ずかしさで顔が赤くなる。

顔を上げると、彼はもう人の波にまぎれていて見つけられなかった。