「・・・・・・先生?」

「おっと、もうすぐ本鈴が鳴ります。桜井さん、ありがとうございました。」

先生は、黒い革の腕時計を見て言った。

その時、初めて先生は麻紀に背を向けた。

「・・・・・・先生。」

「何でしょう?」

先生は、振り向かない。

麻紀は一瞬ためらった。

何だか居心地が悪い。

だけど、麻紀は勇気を出して言った。

もう、自分の胸の中に隠しておくのは限界だった。

「この間・・・・・・先生、告白されたんでしょ・・・・・・?」

先生の方がわずかに動いたのを、麻紀は見逃さなかった。

「・・・・・・何て、答えたんですか。」

麻紀は、自分の唇が微かに震えているのを感じた。

先生が、小さく息を吐いた。

「桜井・・・・・・。」

「すいません。私が聞くようなことじゃないですよね!いいです、今の言葉、ナシにして

ください!」

麻紀は、努めて明るく振舞った。

そうしないと、心がくじけてしまいそうだった。

麻紀の乾いた笑い声だけが、準備室に虚しく響く。

「・・・・・・失礼しました。」

麻紀はこれ以上変な雰囲気にならないように、準備室を出た。

廊下に出ると、窓から突風が吹き込んできた。

麻紀は突風に涙をのせて、本鈴のチャイムを耳にしながらひたすら走った。

準備室に残された先生は、回転椅子に腰掛け、書類だらけのデスクに肘をついて窓の外

を眺める。

「ジョシコーセーは情緒不安定ですねぇ・・・・・・俺もか。」

見上げた空に、煙草の煙が重なった。




授業中、麻紀はぼーっと黒板を眺めていた。

全然内容が頭に入ってこなくて、正直参る。

だけど、白いページを見ると、溜め息が漏れてしまう。

頭の中は先生のことで埋め尽くされていた。