「あの人の主な要求は、今住んでいるマンションとバレエ団の権利だったの。私は自分の身の回りの物だけ持って家を出ることができれば良かったし、辛い思い出しかないようなマンションも家具も全部欲しくなかったから、そちらはなんの問題もなかったけれど、バレエ団のことについては私の意志でどうできることでもなかったから。でも、父との話し合いでなんとか納得したみたい。
彼は婿養子だったし他に子供も作っているから、そのまま出ていってもらうこともできたみたいだけれど、今のバレエ団があるのは彼のお陰だし、彼がいなくなったら、バレエ団の存続も難しくなってしまうということもあって、権利はこちらにあるけれど、彼にはお給料も、会社での地位も、ほぼ今まで通りでいてもらうことで話が付いたの」

「そっか……あんたの家、金持ちだもんな。金銭面での心配や不安はないんだ……」

「嫌らしいことを言うようだけれど、そういう意味では恵まれていたのだと思う。離婚後の生活の不安はなかったから……ただ、あの人から激しく当たられるのも恐かったし、両親に悲しい思いをさせるのが嫌だった。でも、なにより両親に昔の過ちを話す度胸がなかったのね」

「よかったな。思い切れて……ごめんな。俺、結局なにもできなくてさ」

「そんなことないわ! 元くんが背中を押してくれたの。元くんが色々教えてくれて、支えてくれたから私は思いきることができたのよ」

「そうかな……」

彼女の話を聞き、思ったよりスムーズに話が進んだようでホッとした。