落し物です、そういって階段の上から追いかけてきた男がいた。真美ははっとして振り返った。「ありがとう」出会いはそれだけだった、真美が落としたのは手帳でそれは赤いしおりのついた手帳だった。それからしばらくして真美はそこの場所からは去った。
家について手帳をみてあることに気づいた「連絡ください」その手帳にはメモがはさんであったのだ。「連絡をくださいって?」あのときあの10分足らずの時間の間に、手帳を拾った男性がはさんだものだった。(でも知らない人だし)真美はもういいかと思い出していた。そのとき不意に、電話が鳴った友達の芳江からだった「真美?元気にしてる?」「元気にしてるって昨日会ったばかりじゃない?」妙なことを言うなと思った。「そういえばさ、今日手帳落としてさ拾ってくれた人がいて、不思議なことがあってさ、手帳に連絡くださいってはさんであったんだよメモが」「でも連絡先を知らないしどうしようもないよね、顔だけは覚えてるんだけど」「どんな人?」「うーん、背は高いほうで、顔は誰に似てるかな?」「俳優の山崎務を若くさせたみたいな顔」
「ずいぶん若いのに渋い顔だね」「そうだねああ、そういえば右のほほにほくろがあったの覚えてる」「でも連絡先わかんないのに連絡くれって変な人だよねえ」「そうだねどうしようもないよね」それで会話は日常のたわいのない話に変わっていた。
翌日大学のゼミで一人の女の子にあった名前を「裕子」といった。真美にとっては初対面の相手であった、向こうからこちらに近づいてきた。「真美さんですか?」「いつもゼミで一緒になりますよね」にこやかな笑顔だった年のわりには少し幼さの残った顔、そして柔らかい物腰が印象に残った。「よく見かけているけど声をかけそびれていて」そう裕子は言った。「そうですね、大学といっても広いのでしかたないですね」初対面だと緊張症の真美はそれだけ言うのが精一杯だった。真美はゼミでロシア語を専攻していた、ロシア語とは友達とロシア旅行に行って以来のつきあいだったのだ。
外国語、それは真美にとって高校のとき始めて口にする言葉だった英語はもともと得意でしゃべることができたけどロシア語というのは抵抗があった。
でも今は毎日授業を欠かさず受けていて、通訳レベルまでしゃべることができた。