呆然とする俺をそこに残したまま、また明日ね、とだけ言い残し桂は音楽室を後にした。
 室内に静寂が戻っても俺の鼓動は一向に落ち着く気配を見せない。頭は冷静さを取り戻しつつあるが、先程起こった事態を飲み込むのには随分時間を要した。
 なんだあれは。誰だ、あれは。
 俺の隣で声を上げて笑う子供のような笹原桂は、いなかった。
 異性に告白されたことを俺に話そうとしないと憤慨していた自分がひどく幼稚に思える。なにが友達だ。なにが特別だ。結局俺は、笹原桂という人間をまったく理解していなかったじゃないか。
 彼女が立ち去ってしばらく経っても、沈黙するピアノを見つめたまま、俺はそこを動くことができなかった。