知らない、と言うまでもない俺の態度に、赤い唇が笑い声を漏らす。
 指先でいくつかの鍵盤を弾きながら、桂はすっと立ち上がった。小柄な体が揺れて俺のすぐ目の前までやって来る。距離にして約30センチメートル。
 心臓が破裂しそうな速さで稼働していた。
「脳内で分泌される成分でね、多幸感を得られることから脳内麻薬とも呼ばれるんだって。セックスをしているときに分泌されたりするそうよ」
「セッ………」
 中学生のように単語だけでひどく動揺したのは、それを口にしたのが、清純という文字を形にしたかのような美少女であったからだ。
 放課後の音楽室で体を寄せている事実に、普段見せたことのないような大人びた表情。それが俺の内側を恐ろしいほどに掻き回していく。
 桂の長い指が俺の胸元を滑り落ちた。薄いワイシャツのうえからツツツ、と撫でられると、どうしていいのか分からなくなる。
 背中を、汗が伝っていくのを感じた。