西川先生が退職した、と突然の知らせを受けたのは、もう随分と秋も深まった頃だった。
 ご家族の方の体調が優れないようで、看病に徹するそうです。いかにもといった理由を事務的に説明する担任の声は、教室内にあがった驚きの声であっという間に掻き消される。
「なあなあ、知ってる? 西川センセの噂」
 嬉々とした表情で話しかけてきたのは隣の席の菅義文だ。真偽のほどは置いておくとして、芸能関係から校内のあれこれまでやたらとこの手の噂話に精通している。
 俺の前に座る河本も身を乗り出して輪に混ざってきた。
「なんかさ、うちの学校の生徒とイケナイ関係になっちゃったらしいよ。その発覚を恐れて逃げるように退職したって話」
「西川さん、気が弱そうな顔してたもんなあ」
 河本が腕組みをしながら頷く。その場で俺だけが納得できずに首を傾げていた。