ノウゼンカツラ。夕焼けのなかに浮かぶ朱黄色の花が映像として断片的に思い出される。記憶の箱を掻き回し、どこかにしまわれているはずのそれについての知識を求める。確か、夏に花を咲かせる落葉樹だった。
 夏、夏、……夏?
 雪のように白い肌を持ち、氷のように美しく微笑む桂にはどうにも遠い言葉に思えた。
「桂ってもしかして夏生まれ?」
「そうよ」
「意外だな。冬生まれだとばかり思ってた」
「雪女みたいな顔してる?」
「うん、まあ」
 失礼ね、とわざとらしく怒った顔を作ってから、桂は声を立てて笑った。俺もなんだかおかしくなって同じように声をあげる。ただそうしているだけで幸福を感じた。どれにも変えがたい時間だと思った。
 月に高い理想を掲げる桂の木と、朱黄色の大きな花を咲かせるノウゼンカツラ。どちらも笹原桂を中心で捕らえたような植物であると、彼女を「かつら」と名付けた顔も知らぬ両親のセンスに感心した。