「3年前に死んだじいちゃんが、考えてくれた名前なんだってさ」
「3年前……」
 桂の声が妙にトーンを下げたことに、俺はそのとき気付かなかった。
 彼女の呟きにひとつ頷いて、ゆっくりと階段を上りながら病院で見た祖父の最期を語り出す。
 母の実家に行くたびに可愛がってくれていた祖父が倒れて入院したと聞き、電車を乗り継ぎ家族で見舞いに駆け付けた。
 思ったよりも随分元気な様子である祖父に安心半分拍子抜け半分といった感じだったのだが、たまたま病室にふたりきりになったとき、祖父は静かに笑って言った。
「じいちゃんはもう長くない。これは俺が清貴にやれる最後の小遣いだ」
 一番欲しいものができたときにつかえ。
 そう締めて渡されたのは、しわくちゃになった福沢諭吉3枚だった。