しかしながらそれならそれで構わないとも思った。俺自身、正直な話彼女にそこまで強い好意を寄せていたわけでもなく、良い友人だと思ってくれている女友達にこれ以上無粋な下心を向けることはできなかった。女友達、というカテゴリに所属させるには随分と浮いた存在ではあるのだが。
 一応進学校を名乗る我が校が夏期講習にまみれた名ばかりの夏休みを終える頃、俺と彼女――笹原桂は、お互いを下の名で呼び合う仲になっていた。
「わたし、男子を下の名前で呼び捨てにするのなんて初めてよ」
 そう言って桂が照れくさそうに肩を持ち上げる。雪のような美少女に、いまだかつて恋人と呼べる関係の男がいなかった事実を俺は初めて知ったのだった。