今度は俺が頷いて見せる。
 西川先生は穏やかな雰囲気を持つ中年の男性教師だ。楽器を愛し、楽器を演奏したいと望む生徒の申し出を無下に断ることなどまずないだろう。
 俺の言葉に彼女の表情が華やぐ。
「じゃあ、今度聞いてみる!」
 彼女の笑顔と同時に鳴り響くチャイム。廊下を歩いていた生徒たちが慌ただしく自分の教室に向かう。
 興味津々といった様子でこちらを眺めていたクラスメートたちものろのろと席に着き出し、それに従って彼女も立ち上がった。
 再び俺より目線が上がった彼女が口を開く。
「それじゃまたね、小野田くん」
 白い手をひらりと振り、スカートをなびかせ、笹原桂は自分の席へと戻って行った。
 またね、とは、また次の機会があるということだろうか。昨日は特に考えもしなかった別れの挨拶について、ぼんやりと思った。