「ピアノ触ったの、小学校ぶりって言ってたよね」
 視線の先に彼女だけを捕らえ、努めて冷静に尋ねる。うん、と彼女が頷いた。
「中学校ではピアノは弾かなかったの?」
 なにげなく口から出た問いに、彼女は苦笑を浮かべる。その反応に首を傾げると、続けて説明してくれた。
「音楽の先生が結構厳しくて。合唱部でも吹奏楽部でもない生徒に、ピアノは貸し出せないって言われちゃった」
 なるほど、それで小学校以来弾いていなかったわけか。彼女の返答に納得しつつ、笹原桂は中学時代に音楽関係の部活には所属していなかった、と脳内のメモ用紙に小さく記した。
 謎多き美少女の昔話をこうも簡単に手に入れた自分に、なんとなく得意な気分になった。
 慈しむようにピアノを撫でていた昨日の様子から察するに、彼女はよほどピアノを愛しているのだろう。堅い考えの教師のせいで3年もピアノを演奏できずにいた彼女を思うと不憫だった。
 励ますように彼女に声をかける。
「うちの学校の西川先生なら、ピアノを弾きたいって言えばきっとすぐに貸してくれると思うよ」
「本当?」