彼女がその場に屈み込んで、組んだ腕を俺の机に置く。俺より高かった目線が今度は低くなって、距離がぐっと縮まる。
 その行動にどぎまぎせずにはいられない。
 笹原桂はこんなに積極的にクラスメートに関わっていくような生徒であっただろうか。
「小野田くん、昨日はありがとう」
 なにが、と尋ねるまでもない。彼女と俺の接点はひとつしかないのだ。
「そんな、いいよいいよ。俺がやったことなんて音楽室の鍵を開けたくらいだし」
「ピアノの演奏、聴いてくれたよ」
「それはむしろ俺が礼するべきでしょ!」
「え、そうなの?」
 彼女が、いつになくくだけた雰囲気で会話をしている、と思った。どことなく可も不可もない穏やかさを振り撒きながら他人と付き合う彼女が、いまは、ごく普通の女子高生のようにころころと笑っている。
 それを河本も察して、視界の端でにやけるのを俺は見た。