だからといってその行為をいちいち恋愛感情の云々に関係付けられたら、彼女だっていい迷惑というものだ。
 彼女は彼女にとって当たり前の行動をしただけ。過大な受け取り方はお互いにマイナスにしかならない。
 ノートの最終行まであと3行というところで、教室内の空気が少し乱れたのを感じた。視線だけをそちらにずらす。
「噂をすればってやつだな」
 河本が口端を小さく上げて笑った。
 クラスメートの挨拶に笑顔を返す笹原桂がそこにいた。
 余計な期待はなんの意味も持たない、と長々と河本に語ってやったのにも関わらず、意識とは別のところで心臓が騒いだ。馬鹿、落ち着け。
 教室の入り口で数人の女子と会話を交わしながら、彼女の視線がぐるりと教室内を回る。そして俺と目があったところで、ピタリとそれは止まった。
「え……」
 疑問とも驚きともつかない声が漏れる。パッとその美しい顔を輝かせたと思うと、笹原桂が急ぎ足に俺の側に寄ってきたのだ。