「一晩明けた今日なんて、目があったときにちょっとでも笑ってくれたら儲けもんって程度だろ」
 そう言って締めくくる俺に、河本が顔をしかめる。
「夢のねえ奴」
「なんとでも言えよ」
 視線を手元に落としこれまでの作業を再開する。
 河本の言わんとすることも分からないでもないのだ。実際、音楽室で彼女と別れたあとの俺は、自分でも分かるくらい浮き足立っていた。妄想が発展し、羨望の眼差しを浴びながらの高校生活に耐えられるだろうか、などといらぬ心配までした。
 それでも冷静に考えてみれば、昨日のあの一件で彼女が俺を意識してくれるなどと考える方がおかしいのだ。
 あの外見の彼女のことだ、困っていれば誰もが親切にしてくれるだろう。それに対して気まぐれに彼女がお礼ともとれるアクションを返すかもしれない。昨日のピアノの演奏などまさにそれだろう。