穏やかな音の羅列が部屋のなかに満ちて、俺を包み込んでいく。
 もちろん天才的な腕前と評するほどのものでは確実にない、そのくらいは分かる。けれどなにか、例えるなら幼い頃に聞いた母の子守唄のような、絶妙な温度をもってこちら側の内に伝ってくるのだ。しっとりと、足元から浸るように。
 最初に身構えたのが嘘のようだった。ぼんやりとその横顔を眺めているうちに、気付けば演奏は終わり彼女の手は制止していた。
 ハッと顔を上げる。軽い緊張のためか、はたまた久しぶりのピアノの演奏に気持ちが高揚してか、彼女の頬は薄く染まっていた。