いつもの恨みをこういう正当な形で返すのも悪くはないかもしれない。
芦多は倒れた辰之助を見下ろしながら思った。
はあはあと荒い息をしている辰之助は尚も芦多を睨んでいる。
まったく、私に後味の悪い勝ち方をさせないでくれ。
くるりと芦多は背を向けた。
せっかく、白柄彦と気持ちの良い試合が出来たのに、これでその快感も消え去った。
相手に合わせて変えた刀を鞘に戻し、芦多は広場を出ようと足を踏み出した。
が、「まだまだだ。」と辰之助は向かって来る。
まだまだも何も、勝負はついている。
芦多は辰之助の刀をかわしながら、審判をみた。
審判も困ったように頬を掻いている。
世継ぎの辰之助に下手な横槍をいれられないからだ。
かといって、これ以上試合を続けても無駄だ。
さあ、どうする。
ここで芦多が負けるふりをしてもいいが、芦多の師範である政隆の名に泥を塗りかねない。
しかし今さらわざとらしく降参したとしても、さっきまで楽々と辰之助をかわしていたのだから、説得力もあったもんじゃない。
まったく、我が儘もいい加減にしてくれ。
カキーンと金属音を立て、辰之助の刀が宙を舞った。
「勝負、あり。」
辰之助の負けが決定的になってから、審判が旗を上げる。