「どうした?」



芦多は灯世の前に回り込んだ。



「怒って…いるのか?」


「いえ。」



嘘だ。



少なからず、機嫌は悪い。



「灯世?」


「放して!」



灯世は腕を思い切り振って芦多の手を振り払った。



唖然としている芦多をキッと睨む。



「どうして名前を教えてくれなかったのですか!」



芦多はハッと息をのんだ。



「貴方は立場上、名を明かせないとおっしゃいました。
私には教えてくださらなかったのに、どうして侍女は知っているんです?」


「それは…。」



それは、何?



灯世は悔しいような、悲しいような気持ちを噛み締めた。



「正体を知られると困るから…。」


「侍女や姫はいいんですか!」



今度こそ芦多は口をつぐんだ。



「貴方の名前は何なんですか。」



涙が膨れ上がってくる。



「灯世…。」



おののいた芦多は一歩灯世に近づいた。



「こっちへ。」


「嫌です。」


「説明する。
私の名も、生い立ちも、ここでの仕事も。」



灯世はジッと芦多を睨んだ。



「本当のことを言う。
他言しないと約束してくれ。」



真剣な眼差しが灯世に注がれる。



「わかりました。」



引いていた身体を元に戻す。