「そんなかしこまらないでちょうだいよ。」


「領主の姪の姫君ですから。」



失礼します、ともう一度頭を下げ、芦多は歩き去った。



灯世はその場に立ち尽くした。



辰太郎に姪がいるなんて知らなかった。



それに、秋人様の本名が芦多だと知っているなんて。



まぁ、目上の人間だからあたりまえだろうが。



しかし、侍女まで知っているなんて。



どうして私には教えてくれなかったんだろう。



灯世の前を、侍女に付き添われた房姫が歩いていく。



すれ違い際、微かに香の臭いがした。



いいところの姫様なんだ。



灯世は自分が急にみすぼらしく思えた。



いつも飾り気のない着物を着ているし、装飾品もたいして持ってはいない。



香など、一度も薫いたことがない。



戻ろうと顔を上げたとき、誰かに腕を引っ張られた。



「い…っ。」



痛くて身体をよじる。



「灯世。」



腕を抱えた格好のまま顔を上げると、芦多が頬を紅潮させて立っていた。



走ってきたのか、息が乱れている。



「…放して下さい。」



顔を背けて言った。



「あぁ、すまない。」



痛かったか?と訊かれて頷く。 


「力の加減が出来なくて…。」



申し訳なさそうに頭を掻く仕草も今はムッとくる。



「失礼します。」



とにかく顔を見られないよう、灯世は目を合わせないようにした。 



「え、灯世?」



後ろでは芦多が困惑している。



知ったことか。