「千歳。」



早くしろ、と睨むと、意に介した風もなく、千歳は手を振った。



「ハイハイ、やりますよ。」



まったく。



芦多は折り返そうと振り返って固まった。



「灯世…。」



口の中で呟く。



そんな芦多を不思議そうに見上げて、千歳は視線の先を辿った。



そして、声を上げる。



「わぁ、灯世じゃん。」


「こんにちは。」



ふわりと微笑みが千歳に向けられる。



芦多は声を尖らせた。



「どうしてここに?」



灯世が傷ついたように芦多を見る。



そして、すぐに目をそらした。



「ただ、散歩がしたくて。
1日中、部屋にこもっているのは不健全ですし。」


「だよな。
よし、俺が一緒に散歩してやるよ。」



……何を勝手なことを。 



「え、でもお掃除が。」


「そうだ。
誰のせいで私まで罰を食らっていると思うんだ。」


「知らねーよ。
芦…。」



慌てて芦多は千歳の口をふさいだ。



「何だよっ。」


「彼女の前で私の名を呼ぶな。」

「はぁ?」


「私は型の人間だ、簡単に素性を明かしてはならない。」



何を、と千歳は芦多を見上げる。



「俺はとっくに千歳って明かしてんぞ?」



芦多はあっと声をもらした。



そうではないか。



貴様、と噛み付く。



「自覚が足りないぞ!」


「そういう芦多こそ、彼女の前で俺を千歳と呼んだじゃないか。」



またもや芦多は口をつぐむ。



「秋人さん?」



灯世が怪訝そうに芦多をよばわる。



「秋人ぉ?」


「灯世が私にくれた名前だ。」



早口に説明し、灯世に向き直る。