「私のこと、覚えていて下さったんですね。」



灯世は少し嬉しそうに笑った。



「灯世こそ、よく私を覚えていてくれた。」



そこで、灯世はハッとしたように顔を上げた。



「貴方の御名前は?」


「まだ教えていなかったか。
私は……。」



私は…。



どうしよう。



名乗ってもいいのだろうか。



たまたま灯世に芦多と辰之助が見分けられたからと言って、型の人間が独断で名を教えても差し支えないのだろうか。



「…すまない。」



駄目だ。



危ないことはするな。



政隆に言われ続けたことだ。



「そうですか。」



灯世は悲しそうに笑った。



下がった眉。



芦多は胸が締め付けられるような気がした。



「私の立場上、迂闊な真似は出来ない。
すまぬ。」


「謝らないで下さい。
私が無理を…。」


「灯世は悪くない。」



ふんわりと、温かな笑みを浮かべて、灯世は頭を下げた。



「灯世、私はこのままそなたを灯世と呼び続けてもいいだろうか。」


「勿論です。
私は貴方を何と呼ばせて頂けば?」


「何とでも。」



政隆と辰太郎親子以外にはっきりと固有名称で呼ばれたことがない芦多は、特に名前に執着がない。



侮辱された名前でなければこだわりはなかった。