一瞬期待した自分が馬鹿だった。



あんな暗闇でたった一度会っただけの男のことなど覚えているはずがない。



当然だ。



ところが、灯世は嬉しいことに言葉を続けてくれた。



「辰之助様に…ッ。」


「え?」


「似ているあの…あの部屋の…ッ。」




どうやら興奮しているらしい灯世は身体を起こしながら、途切れ途切れに言葉を続けた。



「あの部屋の男の方でしょう!?」



覚えていてくれた。



覚えていてくれた!



顔がほころぶ。



芦多の胸の中で踊っているのは、嬉しいという感情だった。



今まで感じたことのない種類の嬉しいを抱きしめ、芦多は灯世の身体を支えた。



「まだ動くな。
身体に障る。」



今度は素直に従った。



枕に頭を置いてから、灯世は芦多を見上げた。



「またお会い出来て光栄です。」


「余も。」



あっ、と思って、言い直した。



「私も。」



今は、辰之助ではない。



自分、芦多でいられる。



そう思うと、自然に頬が緩んだ。


「水はどうだ?
林檎もある。
少し水分や糖分を摂った方がいい。」


「じゃあ、水を戴けますか?」



芦多は頷いて立ち上がった。



「少し待っていてくれ。」



そう言っておかないと、どこかへ行ってしまいそうで。



芦多は部屋を出る間際にそう言い残した。