しばらくすると、灯世が不意に手を動かし始めた。



すらりとした手が、宙に八の字を描く。



と思うと、つんっと何かを突くような仕草をする。



「…何をしている?」


「使い魔です。」



次の瞬間、目の前に黒蝶が現れた。



突然のことに、芦多は唖然とする。



蝶にしては大きいそれは、ひらひらと羽を動かして、芦多の眼前に迫った。



避けることも忘れて、芦多はそれに見入った。



あまりにも優雅な動きに、目が奪われた。



水の上を漂っているように揺らいでいたかと思うと、いきなり上へ飛び上がったりする。



不意を突くような飛び方をする蝶だった。



「これが、灯世の使い魔か。」


「はい。
お見せするのは初めてでしたよね?」


「ああ。
…綺麗だ。」



魔、というからにはもっと滑稽な姿のものを想像していたのだが、灯世の蝶はあまりにも可憐だった。



「名前は?」


「サクです。」


「サク?」


「はい。
咲く、からとったらしいです。」



らしい、とは、灯世がつけたわけではないようだ。



「これから、活躍してちょうだいね。」



灯世が優しく指を差し出すと、サクはひらりとその指にとまった。



そうして、灯世といるうちに、芦多の気分はすっかり晴れていったのだ。