「大きくなって。」


「貴殿にお会いしたことはないはず。」


「主が覚えていなくとも、私は覚えているのだよ。」



ここで灯世の顔に動揺が浮かんだ。



何を考えているのか、芦多には手に取るようにわかった。



それは蛇儒にも読めたのか、愉快そうに喉の奥で笑った。



「主は自分の出生を知らんだろう。
家族のことも、知らぬはず。」


「私は屋敷で生まれ育ち、祖母や伯父達と一緒に…。」



灯世の声は尻すぼみに消えていった。



蛇儒は笑っている。



芦多は話についていけない。



二人を交互に見比べるだけだ。



「また、会おう。」



芦多がはっとして追いかけるよりも早く、蛇儒は霧の中に消えた。



しばらくして、霧が晴れ始める。



そして同時に戦場の喧騒も戻ってきた。



はっとして、立ち尽くしている灯世の腕をとった。



「逃げるぞ。」



今この状況で、灯世を護りきれるか自信がない。



いや、無理だろう。



そうなれば逃げるが勝ちだ。



灯世は芦多に腕を引かれるまま、走り出した。



「退けー!!」



声の限り、叫びながら、芦多は必死に逃げた。



少し後ろで灯世の呼吸が聞こえる。



苦しそうだが、頑張ってもらうしかない。



やっと、追っ手から逃げたところで、芦多は足を止めた。



後ろを振り返ると、苦しそうに胸を押さえる灯世が目に入る。



「よく走った。」



少し芦多を見上げ、灯世は瞬きをする。



灯世はそのまま座り込んでしまった。