「主と、話がしたかった。
うむ、気配が強いと思えば、隊長か。」



なにやら芦多には理解できないことを独り呟く。



芦多はじりじりと後退った。



「あぁ、気付かれたか。」



突然、蛇儒はフッと笑った。



芦多にはなんのことかわからなかった。



ただ、初めて感情を顔に出した蛇儒に驚いていた。



「姫のお出ましだ。」



姫?



芦多は一瞬、房姫が頭に浮かび、顔が引きつった。



まさか、房姫がこんなところにいるはずはない。



すぐに冷静に戻ったものの、心臓は高速で鼓動していた。



ならば姫とは誰のことかと頭を捻った刹那、芦多の頭上を風が吹き抜けた。



蛇儒は笑んだまま、手を前にかざす。



結界が蛇儒を包み込んだ。



芦多は呆然と蛇儒を見つめる。



何が、起こった?



「お初にお目にかかる、蛇儒だ。」



芦多は蛇儒の視線の先に、目をやった。



そこには…



「芦多様に何を?」



ぶわっと着物を舞い上がらせながら、灯世が立っていた。



「灯世…。」



お前、ここでなにを…。



「何も。
ただ、挨拶をかわしていただけだ。」


「そうは見えない。
何を吹き込んだ。」



今までにみたことのないくらい、灯世の顔は戦々恐々としていて、芦多は何も声をかけることが出来なかった。



「何も。」



もう一度、蛇儒は繰り返した。



「主が八重の娘子か。」



灯世は何も答えない。



ただ、爛々とした目で、蛇儒を睨んでいる。