***



疲れた。



頭の中にあるのはその言葉のみだ。



今、芦多は辰之助の代わりに字の勉強をしている。



辰之助は「代わってくれ!」とだけ言い残し、どこかへ消えた。



将来、国を背負っていかねばならないというのに、一体どこへ…。



内心ため息をつく。



辰之助と自分を見分けられない使用人達もどうかと思う。



小さい頃から二人に関わってきた者でさえ、見抜けていない。



態度が少しも変わらないので、口止めされているとは思えない。



まったく、この屋敷には馬鹿しかいないのか。



殊更機嫌が悪い芦多はいつも以上に毒づく。



というのも、身代わりがここ最近ずっとなのだ。



別に代わりに勉強や武術を習うのは嫌いではないのだが、自分達を見分けられない人達に嫌気が差す。



そしてあまりにも『辰之助』でいる時間が多いので、話し方もうっかりすると『辰之助』になってしまう。



そんな自分も嫌だった。



このまま、自分が徐々に自分ではなくなっていく気がしてならない。



どうも、辰之助はこの生活から抜け出したいと思っている節があるようなのだ。



このまま芦多に『辰之助』を押しつけて姿を眩ましそうで怖い。



将来領主になるのも嫌だが、何より辰之助が作った敵を一気に引き受けるのが嫌だ。



愛想笑いを浮かべて他国に媚を売っている山城親子を嫌う者は今のところ芦多が掴んでいる情報だけでも民の過半数だ。