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部屋に戻る途中、灯世は房姫に声をかけられた。
八重も驚いたような顔で立ち止まった。
「お久し振りね。」
「こんにちは、房姫様。」
小さく会釈する。
憎い…。
あの子を殺した女が目の前だ。
「どうやら貴方は本当に芦多様がお気に入りのようね。
隊長にまで昇格だなんて。」
「…芦多様の実力ですわ。」
実際、あの場に出席した隊長格の男達は嬉々として芦多を勧めた。
八重だって反対しなかったし、むしろ背中を押して辰太郎に進言したのは八重だ。
「二人でお話出来るかしら?」
にっこりと笑って、房姫は八重を見た。
どうしよう、と考えたようだが、八重はすっと下がった。
「さあ。」
灯世はただ房姫に示されるほうに歩くしかなかった。
いくら辰之助の妻といえど、生まれながらに権力を持っている彼女には逆らえない。
房姫の前を通り過ぎるとき、冷やかの目が目に入った。
これは、少し危ないかも。
気付いたところでどうするころもできない。
何もないことを祈った。