そっと灯世の手が、芦多の頬にかけられた。



「あなたの存在が私にどれだけの勇気を与えているか、わかっていないでしょう?」


「灯世こそ。
お前の存在が私の中でどれだけ占めているか、わかってない。」



灯世は寂しげに笑った。



「歩こう。」



芦多は返事を待たず、手を引いた。



灯世は半歩遅れてついてくる。



「覚えてますか、私がここに来て再会したときのこと。」


「ああ。」


「千歳さんと初めて会った時のことは?」



芦多は振り返らずに頷いた。



「あの時、私は芦多様の半歩後ろを歩いたんです。
こういう風に。」


「ああ、覚えている。」


「実は、ずっと芦多様を観察してたんですよ?」



ああ、知ってる。



ずっと視線を感じていた。



澄んだ目が、自分に向けられていた。



「芦多様は何も変わらない。
目も、表情も、身のこなしも。」



芦多はそっと灯世を振り返った。



目を伏せている。



「あの時、実は知らないふりをされて悲しかったんですよ?」


「あれは…。」


「わかってます。
初めて会ったふりをしなきゃいけなかったのはわかってますけど。」



いきなり何を言いだすんだろう。



「今思い返せば、あの時から芦多様に惹かれていたのかもしれません。」



芦多はふっと笑った。



「私など、初めて会ったときからだぞ。
灯世が私の部屋を覗いたときがあっただろう?」


「はい。」



灯世は頬を紅潮させている。