「私は、灯世の前に出て行かないほうがいいのかもしれない。」


「は?」


「今、私が出て行ったら灯世が動揺する。
死んだということにしておいたほうが…。」



芦多は千歳に首を絞められた。



「お前、よくもそんなことを…。」



怒りに燃えた千歳の目に、芦多は息をのんだ。



「灯世はずっとお前を待ってんよ。
お前が帰ってきたらすぐに抜け出せるように荷物もまとめてあるんだってさ。」



更に、千歳は力を込めた。



「信じてるってよ。
お前が帰ってくるって信じるって言ってたぞ。」



なのによくもそんなことを言えるな、と千歳は思い切り芦多を殴った。



初めて、殴られた。



頬が、痛い。



そこだけ何かの呪いをかけられたかのようにじんじんと痛んだ。



「奪え、馬鹿野郎。
辰之助なんかから奪っちまえ。」


「灯世には、子どもが出来た。」


「それがなんだ!」



今度は芦多が千歳を睨んだ。



「あの子から母親を奪う気か。」



目に見えて千歳が怯んだ。



「俺達の二の舞だ。
母親がいなくて寂しいとこぼしたのはどこのどいつだ。」


「俺、そんなこと言って…。」


「言ったぞ、子どもの頃な。
私の布団に潜り込んできて、寂しいなどと抜かした。」