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千歳は政隆のもとへ走った。
廊下で侍女に悲鳴を上げて避けられようと、貴族連中とぶつかろうとも、ひた走った。
稽古場で弟子を相手に槍をふるっている政隆に叫ぶ。
「政隆!」
「今、師匠はお忙しい…。」
「知ったことか、緊急だ!」
ただならぬ千歳の様子に、政隆は手を止めた。
「なんだ、騒がしい。」
「芦多が帰ってくる!」
きょとんと、政隆は千歳を見つめた。
「芦多が?」
「ああ、芦多だよ。
あの芦多、あんたの弟子の芦多、灯世大好き過ぎて頭がイッちゃってる芦多だよ。」
まさか、と政隆は小さく呟いた。
「本当か!?」
「いつ!?」
弟子達もたちまち騒ぎ出す。
芦多は型連中の中ではかなり有名なのだ。
「知らないけど、辰太郎様が帰還を許したって、聞いたんだ。」
「そうか、帰ってくるか。」
政隆は顔にしわを寄せて、くしゃっと笑った。
「灯世殿は知っているのか?」
「知らないんじゃないか?
俺と爪鷹が今さっき盗み聞いたんだから。」
「千歳、知らせて差し上げろ。」
千歳はニヤリと笑った。
「俺達が知らせないとでも思ったのか?」
爪鷹が走ったよ、と言うと、政隆はさらに顔をしわくちゃにした。
「会うの久し振りだな。」
「3年だからな。」
政隆がしみじみと言う。
千歳の後輩達もしんみりした顔つきになる。
芦多が飛ばされた理由は薄々感じとっていた。
「あいつ、また背が伸びてんじゃないか?」
「かもな。」
政隆は槍を降って背を向けた。
「稽古に戻る。」
千歳は察して、稽古場を去った。