「ここから先は、どんなに急いでいても、ゆっくりと進まなければいけません。」



走るなどもっての他、と付け足される。



「どうして?」



好奇心が勝り、訊いてみると、八重は頑なな口調で「どうしてもです。」と答えた。



言えないことなの?



そう問おうとした時、それを見越したように八重が歩き出した。



さっきとは違い、滑るように静かにゆっくりと。



それはなるべく音を立てずに歩こうとしているようだった。



それに気付いた灯世は必死で八重の歩き方を真似た。



何故か、そうしなければいけないような気がしたからだ。



何が理由なんだろう、と八重にばれないように辺りを見渡す。



両側にはずらりと障子が並んでおり、その向こう側は部屋のようだ。



誰がいるのだろう?



灯世は障子を開けたくてムズムズしていた。



謎めいた何かを見つけると、無性に触りたくなるのは人の性だ。



一つの障子の前で、灯世は立ち止まった。



他の障子戸とは違い、少しだけ開いていたその障子の前に。



無意識に視線が引き付けられる。