そこには、先ほどから動く気配のない黒い物体がいた。遠くから見ても黒い物体だったが、近くからみてもやはり黒い物体であった。

「マリア?」

道成がはっきりとした声で、だが信じられないような声で相手の名前を呼ぶが、反応が返ってこなかった。そのため、道成は女の目の前にしゃがみこむと、再度に名前を呼んだ。

しかし、返事はない。

仕方がないと思い、女の両肩を揺する。刹那、肩が反射的にピクッと揺れ、女はゆっくりと顔を上げ、道成に視線を向けた。

「道成?」

マリアから小さいながらも、自分の名前を呼ばれたことに安堵した道成だったが、マリアの奇怪な行動に疑問が生まれずにはいられなかった。しかし、ここに長居して体調を崩すなどあってはならないと考えた。

「マリア、立てるか?」

マリアの上に自分の傘を差し、手を差し出すと、おずおずと警戒しつつもマリアは道成の手を取り、ゆっくりと直立姿勢に戻った。

「とりあえず、家に送るから場所言って」

俯き加減でいまだに繋がれた手を見つめているマリアからは返事がなく、道成は立ち往生してしまう。

道成が困りながら、どう接しようか悩んでいた矢先に、閃光と共に凄まじい音が辺りを支配する。

刹那、マリアは道成と繋いでいた手を乱暴に離し、耳を塞ぐと地面にしゃがみ込んでしまった。

マリアの動作に驚いた道成であったが、それ以上に、マリアが道路の真ん中で丸くなっているという、あの奇怪的な行動を道成はやっと理解できた。

再びしゃがみ込んでしまったマリアの背中を、落ち着かせる意味を込めて撫でながら名前を数回呼びかける。そして、耳からゆっくり手を外そうとするのだが、嫌々とまるで子どものように首を振り抵抗するため、道成はマリアの扱い方について途方に暮れてしまった。