不思議なくらい、自由な日々で。
 いつも勉強勉強と煩い母さんも、俺の自主性に任せるとか言って。
 毎日毎日、要と出掛けた。
 毎晩毎晩、要と星空を眺めた。
 俺が笑うと、要も笑う。要が笑うと、俺も笑う。
 発展途上な、不思議な、この思い。
 そんなものに気づく暇もないほど、毎日が、目まぐるしく過ぎて行く…。

 ある朝、喧嘩をした。
 要がわがままを言ったからだった。
 ここに来てからの俺の仕事は洗濯。洗濯機がないので洗濯板と桶を使うという昔ながらの方法だ。
 要は洗濯をしていた俺に、遊びに行こうと言った。洗濯なんて後でいいから、遊びに行こうと。
 …不思議だった。
 いつもなら慣れない仕事にてこずる俺を手伝ってくれるはずなのに、その日だけは違った。
 第一、要がわがままを言うのは初めてだった。だからそれを聞いてやりたいのは山々だったが、俺に与えられた仕事を放ってなんていう無責任なことはできなかったし、1日はまだ始まったばかり。仕事を終えてからでも遊びに出る時間は十分すぎるほどあったはずだ。
 仕事が終わってからな――そう言って要をなだめたが、駄目だった。要は俺の隣で駄々をこね続けた。
 イライラが募り、だんだんと自分の声が荒くなっていることにも気づいていたし、このままでは要が引かないこともわかっていた。
 考えより、先に。けれど敢えて…。
「要!」
 …自分ではかなり手加減したつもりだったし、少々手荒に頬に触れた程度だったと思う。が、俺は男で、要は……。
「あ…ごめん……」
 パシン…と、小さく乾いた音がした。
 要の目に見る見るうちに涙が溜まっていくのを見てとっさにそう謝ったけれど、要はいつもの遊び場である川のあるほうへと駆けて行ってしまった。
 …朝陽が白く輝く中、要の左頬を叩いた右手を、俺はただじっと見つめ…。
「…ごめん…」
 今日も朝から煩いセミの鳴き声の中にその言葉は消えた。