「――かなめ――」
 呟いてみる、今、最も近い場所にいる人の名。唯それだけで、どこか安堵する自分が確かにいる。
「…ん…」
 起こすつもりはなかったが、どうやら今ので目を覚ましてしまったらしい要。眠そうに、重い瞼を少しだけ持ち上げ俺を見る。
「ごめん、起こした?」
「ん…だいじょぶ…。まだ起きてたの…?」
「眠れなくて」
「考え事…?」
 未だ半分は夢の中のはずなのに勘はいいらしい。
「うん、ちょっと」
 そっか、と答え、目を擦りながら要は続けて、付き合おうか、と言った。
「いいよ、俺が勝手に起きてるだけだから。ほら、眠いんだろ、早く寝ろよ」
 俺は要の目の上に、繋いでいる右手とは逆の手を被せ、もう1度瞼を閉じさせてやる。すると要は、繋いだ左手とは逆の手で、自分の瞼の上に被せられた俺の手にゆっくり優しく触れ…そして、言った。
「…姫、忘れないでね…」
 ……瞼の上の掌(てのひら)がとても湿っているように感じたのは、雨で増した湿気の所為だったんだろうか…。
「…私はここにいる。だからお願い、忘れないで、姫乃…」
 ――ようやく雨音が止んだのは、夜明け前になってからだった――。