障子と俺の間にその人はいて、顔はよく見えない。けど、影からなんとなく母さんでもおばあちゃんでもないことだけはわかる。
 そこにいたのは、知らない女の子だった。
「……コンバンハ……」
 よくはわからないが、きっと俺の思考能力は眠気の為に既にどん底まで低下していたに違いなく、そんな挨拶が俺の口から小さな声で漏れた。女の子はプッと吹き出したようだった。
「こんばんは」
 そう挨拶を返され、すぐ後に付け加えられた『おやすみ』に、今度こそ俺は夢の中へと落ちていった。

 彼女は、要(かなめ)という名だった。
 14歳…つまり中学3年で、あの机の上の問題集は彼女のものだったというわけだ。
「私、ここに住んでるの」
 身体は華奢で、透けるように白い肌をした要。
「じゃあ俺の従妹か親戚?」
 首を横に振る要。
「半年前、お母さんがここへ連れてきたの」
 そう言って、朝食後に勉強を開始した俺から、勉強中のみ掛ける眼鏡を外し、要は満面に笑みを浮かべた。
「眼鏡を掛けててもかっこいいけど、外した方がもっとかっこいいよ、姫。だから私と遊びに行こう」
 今度は俺が吹き出した。
「体大丈夫?」
 小さく浅い川の中の飛び石を、サンダルを履いた要は危なげながらもぴょんぴょんと跳んでいく。
「うん。夜にいっぱい寝たからもう全快」
 スニーカーの俺もそれに続く。
「よかったね」
「要のお陰だよ」
「私の? 何もしてないよ?」
「ずっと隣で寝てくれてただろ」
「知ってたの?」
 こっちを振り返り、要は俺の目をじっと真っ直ぐに見つめる。その瞳は大きく、淀みない。
「ずっと、手、握っててくれたから」
 俺が笑うと、要も、笑う。
 手を伸ばし、今度は俺が、要の手を取り、握る。握り返してくれるその力に。心からの安堵が…。
「好きだな」
「何が?」
「こうやって誰かと手を繋ぐのが」
 幸せそうに、要は微笑う。
 唯、可愛いと思った。