俺はそれを手にとってみる。パラパラと捲ると、赤ペンで細かい添削とチェックが全体の3分の1ほどのページまで行われていた。まだ解き掛けのページの項目は『2次関数』。俺にとっては簡単な問題が並んでいる。
 …もしかして、おばあちゃんが解いてるとか…?
 まさかと思いながらも完全に否定できるほどおばあちゃんのことを良く知っているわけではない。おばあちゃんは会ったことがあると言ったが、そんな昔なら初対面と同じようなものなのだから。
 ああだこうだと頭を悩ませているところに、すぐ左手側の襖が開き母さんが顔を出した。
「あら、もう勉強始めてるの?」
「ううん、ちょっとね」
「喉渇いたんじゃない? 何か飲みたいなら居間にいらっしゃい。それとも持ってこようか」
「いや、行くよ」
 じゃあ早く来なさいね、と付け加え、母さんは襖を開けたまま居間へと戻っていった。
 網や問題集については後で考えることにして、俺は腰を上げた。居間の場所はこの部屋に来る前に教えてもらったので多分辿り着ける。が、この家、半端じゃなく広いのだ。縁側に抜けるあの自分にあてがわれた部屋へ着くまで結構歩いた気がするのは、俺が疲れていたせいだったのだろうか。
 …それを証明するかのように、俺はその晩、熱を出した。
 決して体は弱いほうじゃない。きっと汗だくのままTシャツも替えずにいたことが原因なのだろう。
 母さんにブツブツ文句を言われながら夕食を食べず布団に潜った。そのとき、ようやく網の正体を知った。あれは網ではなく、蚊帳だったのだ。写真やテレビなどで見たことはあったが実物は初めてでかなり感動した。
 障子で隔てていてもわかる、月光の強さ。
 月光に照らされれば、昼間に比べると薄いものの、ちゃんと影が出来ることを生まれて初めて知った。
 夜は闇じゃない。
 それに気がついて、俺は目を閉じた。
 …薬が効いてきたらしい。自然に…自然に……夢の中へと……落ちて……―――。
「……寝ちゃった……?」
 急に声を掛けられても別に驚きはしなかったが、母さんが何が用があるのかと思い、重い瞼を必死に持ち上げた。